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言葉の巡礼/京都

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 自転車での登校中に市バスに轢かれかけて以来、信じられるのは自分の脚だけだと思っている。この信仰は京都の街では密に守られていた。一駅でも二駅ぶんであろうと、今日もご盤の目の上を靴底を擦り減らし進んでゆく。

 

 3週連続で大阪へ行く用事ができ、阪急電車に揺られ梅田へ出る。年下の友人に誘われ、阪急百貨店の英国展へ。スコーンにもフィッシュ&チップスにも、何もかもに地獄のような列。待っている間にイギリスへ行けるね、と笑いながら結局はその帯を長くするのに加担していた。クリームティーを食べ、紅茶を買いに人の波を果敢に搔きわける友人を見送る。喫煙所には片手に煙草、もう片方にはスコーンをひしと握り締める亡者たちが大勢いた。

 

 地下街の喫茶店で遅めの昼食を摂りながら、取り留めもない話をして次回は彼女の家の猫に会いにゆく約束をして別れる。帰りしなに書店を覗いたら目につく本の全てが面白そうで、退屈をつくりだしていたのは私自身だった。茶室のデザインに関する本とハウスミュージックが特集された雑誌を買う、当分は出汁を啜る生活。

 

 タイトルが思い浮かばず素数にしていたけれど、3桁になると持て余す。